2023年12月31日日曜日

バランスがとれるか?


人生のどん底は「平均48.3歳」でやってくる…幸福度の沈み方が深くなる人、浅く済む人の決定的な違い 145カ国を対象にした研究で明らかになった幸福度のU字カーブ 、、、という記事がビジネス雑誌に掲載されていました(私はヤフーニュースで読みました)。

記事では主に3つの原因が挙げられていました。
  • 40代後半になって、理想と現実のギャップにさいなまれる。
  • 親の介護と子育ての二重の負担がのしかかる。
  • 管理職になれないストレス、または、中間管理職として働く責任からくるストレス
この記事のような「統計によるとこうだからこうなる」という思考パターンを人生に当てはめるのには疑問を感じます。今年一年を通じて、テレビ・新聞の報道としての倫理観にはとことん呆れ果てましたが、ビジネス誌も例外ではありません。それはビジネスを経験しない大学教授や知識人と言われる人たちの無責任な考察です(全員ではありませんが)。

心の持ち方は人それぞれです。原因と結果の間には一人一人異なる要因が隠れているのです。仕事(管理職)にしても、子育てにしても、介護の問題にしても、ケースバイケースで「統計ではこうだからあなたもそうだ」とはならない。ましてや、海外の統計は日本では当てはまらない場合が多いのです。

人間の心理には行動から分析できる表層的なものとは別に、無意識下の心理状態が働いている。人間はとてもアナログな生き物なのです。

今年も最後の一日となりました。2024年は世界中で激動の一年になりそうです。どういう終わり方をしようとも世界には解決できない問題が多い。いかにバランスをとるか? これは国家も個人も同じではないかと強く感じます。メディアに騙されないように自覚してバランスをとるしかないのでしょう。

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2023年12月25日月曜日

上滑りから崖からの転落へ

 
朝の散歩

今年は「大正時代」にこだわった一年でした。それは色んな意味で令和の今とあまりにも似ていると思ったからです。

夏目漱石は明治の文明開化を「上滑り」と言いました。それを大正時代に受け継いだのが芥川龍之介や梶井基次郎でした。芥川の遺作である『或阿呆の一生』(1927年)と梶井基次郎の『檸檬』(1925年)には「上滑り」に対する反抗が見られます。2作とも洋書が並ぶ書店が舞台設定にあります。

「上滑り」は軍国主義が入り込んできて昭和の戦争で破綻しました。敗戦後の70数年、日本はアメリカ化により「上滑り」がとうとう「崖からの転落」になっています。それは敗戦直後の太宰治の作品や坂口安吾の『堕落論』からも予想できます(安吾はまだまだ堕ち足りないと言っていますが、、、)。

梶井基次郎の『檸檬』


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2023年12月23日土曜日

倫理観の欠如

 
コペンに乗り換えたのは、世界中こんな車はないからです!
黄色のコペンは梶井基次郎の『檸檬』のイメージです。

日本の最後の砦はアニメ、、じゃなくて自動車産業です。その中でも日本らしいユニークな技術が軽自動車。欧米の自動車メーカーや部品メーカーは日本の牙城を崩したくてしょうがない。日本のメディアの軽薄な大騒ぎ報道は政治の裏金(未記載?)報道と共通のものがあります。

今回のダイハツ不正の詳細はよく分かりません。しかし、ヘッドレストの助手席の試験結果を運転席のものにしたとか、試験時のタイヤ空気圧が正確性を欠いたとか、エアバッグ試験が自動作動じゃなくタイマーだったとか、コペンユーザーの私にとって大した問題じゃないのです(企業の倫理観念という問題はあるが)。そもそも軽自動車でエアバッグが作動するような事故だと死ぬ可能性が高い。軽ですから。

それにしても、日本のメディアはひどすぎる。専門家としてコメントする大学教授も局の解説員もアナウンサーも恥ずかしくないのでしょうか? もう少し全体的なリテラシー(人間としての心得)を上げたほうがいい。どれもこれも視聴率という数字やお金のためですかね、、、。

大正時代(1912~1925年)、漁夫の利であった第一次世界大戦の好景気、それに続く戦後の大不況、関東大震災(1923年) 等々、そして軍国主義に陥り破滅に向かった。煽ったのは当時新興勢力であった新聞やラジオのメディアでした。今も同じだと思いませんか? メディアがお金で動くのは、ある程度は仕方がないとしても、いくばくかのジャーナリズム精神が残っていないと多くの国民は騙される。倫理観念がないのはダイハツだけじゃなくてメディアも同じじゃないか!

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2023年12月22日金曜日

教育の意義

ビジネス雑誌に以下の対談が掲載されていました。 

「人のせいにする子ども」大量に生んだ日本の教育工藤勇一×西岡壱誠「教育の役割」対談【前編】

https://toyokeizai.net/articles/-/720830



「自分の人間関係は自分で構築して、自分が生きやすいようにするためにはどうすればいいかを自分で考える」って当たり前のことです。それが人間の心得というものでしょう。

いま世の中で起こっている多くの問題の本質は、一人一人の倫理観の問題です。教育の意義って、子供たちに倫理観念を植えつけることでしょう。多くの問題に対する解決策は教育です。日本はここ70数年その教育に失敗したのです。

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2023年12月19日火曜日

倫理的主体を何に求めるか?

 

小池百合子氏の発言が狙うのは東京都知事選挙か国政か、永田町が見る3つの狙い…読売新聞政治部デスクが解説する : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)


今は日本の倫理的な主体は何かを真剣に考える時でしょう。文部省の高等学校指導要領によると「公共(公民)」の範疇のようですが、実際は学校でどう教えられているのでしょう?

いつまでも学費の無償化なんかが議論の中心だと日本沈没はそう遠くはない。政治家や教育者には「教育の意義とは何だ?」と聞いてみたいものです。日本全体で問題山積ですが(他国との比較は置いておいて)、多くの問題は国民一人一人の倫理観にゆだねられているのです。いま大騒ぎしている政治家の裏金だか未記載の問題も倫理観の欠如と言えるでしょう。

宗教や哲学が精神的支柱にならない日本にとって、倫理的主体を何に求めるかを真剣に議論してもらいたいと思います。

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2023年12月15日金曜日

太宰治の三鷹跨線橋

https://www.yomiuri.co.jp/national/20231215-OYT1T50181/

下の写真は12月14日の夜明け頃です。誰もいませんね、、、。