アメリカで働いていた頃、キャリアの考え方が日本とはずいぶん違うことに気づきました。
日本では、まず「どの会社に入ったか」がキャリアの出発点になります。いわば会社が主語です。ところがアメリカでは、主語はあくまで個人です。会社は自分のキャリアを実現するための一つの舞台にすぎません。どちらが正しいという話ではありませんが、この違いは思った以上に大きい。
キャリアというものを、童話『ヘンゼルとグレーテル』に出てくるパンくずに例えて考えるということを聞いたことがあります。二人は森で迷わないように、歩きながらパンくずを落としていきました。英語ではこのパンくずを breadcrumb と呼び、キャリアの道筋を示す比喩としても使われます。
人は後になって振り返ったときに、自分の歩いてきた道が見えるものです。どんな仕事を選び、どんな経験をし、どんな人と出会ったのか。その小さな選択の積み重ねが、一つの道筋になっていきます。
キャリアとは単なる職歴ではありません。
人がどんな仕事を選び、どんな経験をし、どんな人と出会ってきたのか。その積み重ねが、その人の人生そのものになるのだと思います。
日本では、会社に入ること自体がキャリアの中心になります。営業になるのか経理になるのか、本人が決めるわけではなく、組織の中で役割が決まる。高度成長期にはそれでよかったのかもしれません。しかし今の時代、その構造だけで人生を預けるのは少し危うい気がします。
私は、キャリアとは「会社に合わせて生きること」ではなく、「人生の中に会社をどう位置づけるか」だと考えています。極めて当たり前のことだと思います。会社は人生の重要な舞台ではありますが、それが人生そのものではありません。家庭や地域社会、あるいは自分の教養や人間関係も含めて、すべてがキャリアの一部です。
そのキャリアを考えるとき、避けて通れないのが「トレードオフ」です。人は欲しいものをすべて手に入れることはできません。何かを選べば、別の何かを諦めることになります。
例えば、海外での経験を取るのか、日本での安定した就職を取るのか。専門を深めるのか、それとも別の分野に挑戦するのか。ある選択をした瞬間に、別の可能性を手放すことになる。このとき失われた可能性の中で最も価値の高いものを「機会費用」と呼びます。
ビジネスの世界でも同じです。経営学では、こうした選択を「トレードオフ」として説明します。
レストランをやるなら、回転率で勝負する立ち食い蕎麦屋にするのか、それとも高付加価値のフランス料理店を目指すのか。どちらでもいいのですが、どちらつかずの曖昧な商売はうまくいきません。
ビジネススクールでは、これを ROAトレードオフとして説明します。
ROA(総資産利益率)は「利益 ÷ 資産」で決まります。利益率を高めるか、回転率を高めるか。多くの場合、この二つはトレードオフの関係にあります。
つまり、高級フレンチのように利益率で勝負するのか、立ち食い蕎麦のように回転率で勝負するのか。戦略はどちらでもいいのですが、中途半端はうまくいかない。
アメリカではこういう意思決定の考え方を、中高生の段階から学校で教わります。日本の会社で働いていると、こうした発想を体系的に教わる機会はあまり多くないように感じます。
キャリアも同じで、自分がどこに軸を置くのかを考える必要があります。
そしてもう一つ重要なのがリスクです。
日本では、会社に入ること自体がキャリアの中心になります。営業になるのか経理になるのか、本人が決めるわけではなく、組織の中で役割が決まる。高度成長期にはそれでよかったのかもしれません。しかし今の時代、その構造だけで人生を預けるのは少し危うい気がします。
私は、キャリアとは「会社に合わせて生きること」ではなく、「人生の中に会社をどう位置づけるか」だと考えています。極めて当たり前のことだと思います。会社は人生の重要な舞台ではありますが、それが人生そのものではありません。家庭や地域社会、あるいは自分の教養や人間関係も含めて、すべてがキャリアの一部です。
そのキャリアを考えるとき、避けて通れないのが「トレードオフ」です。人は欲しいものをすべて手に入れることはできません。何かを選べば、別の何かを諦めることになります。
例えば、海外での経験を取るのか、日本での安定した就職を取るのか。専門を深めるのか、それとも別の分野に挑戦するのか。ある選択をした瞬間に、別の可能性を手放すことになる。このとき失われた可能性の中で最も価値の高いものを「機会費用」と呼びます。
ビジネスの世界でも同じです。経営学では、こうした選択を「トレードオフ」として説明します。
レストランをやるなら、回転率で勝負する立ち食い蕎麦屋にするのか、それとも高付加価値のフランス料理店を目指すのか。どちらでもいいのですが、どちらつかずの曖昧な商売はうまくいきません。
ビジネススクールでは、これを ROAトレードオフとして説明します。
ROA(総資産利益率)は「利益 ÷ 資産」で決まります。利益率を高めるか、回転率を高めるか。多くの場合、この二つはトレードオフの関係にあります。
つまり、高級フレンチのように利益率で勝負するのか、立ち食い蕎麦のように回転率で勝負するのか。戦略はどちらでもいいのですが、中途半端はうまくいかない。
アメリカではこういう意思決定の考え方を、中高生の段階から学校で教わります。日本の会社で働いていると、こうした発想を体系的に教わる機会はあまり多くないように感じます。
キャリアも同じで、自分がどこに軸を置くのかを考える必要があります。
そしてもう一つ重要なのがリスクです。
将来を正確に予測することは誰にもできません。だからこそ、ある程度のリスクを引き受けて意思決定をする必要があります。リスクという言葉は日本では「危険」として語られがちですが、本来は「機会」でもあります。リスクを取らなければリターンも生まれません。
若い頃は専門分野を徹底的に磨くことが大切です。しかし、ある年齢になると、もう一段上の視点が求められます。私はよく「君子不器」という言葉を思い出します。優れた人物は一つの器に閉じ込められない、という意味です。スペシャリストとしての経験を土台に、やがてゼネラリストとして人や組織を見る力が求められるのです。
振り返れば、キャリアは最初から設計図どおりに進むものではありません。むしろ後になって、「あのときの選択が次につながっていた」と気づくことのほうが多い。森の中に落としたパンくずのようなものです。
結局のところ、キャリアとは一生「普請中」なのだと思います。何度も迷い、何度も選び直しながら歩いていくしかない。
最後に思い出すのは、福沢諭吉の言葉です。
若い頃は専門分野を徹底的に磨くことが大切です。しかし、ある年齢になると、もう一段上の視点が求められます。私はよく「君子不器」という言葉を思い出します。優れた人物は一つの器に閉じ込められない、という意味です。スペシャリストとしての経験を土台に、やがてゼネラリストとして人や組織を見る力が求められるのです。
振り返れば、キャリアは最初から設計図どおりに進むものではありません。むしろ後になって、「あのときの選択が次につながっていた」と気づくことのほうが多い。森の中に落としたパンくずのようなものです。
結局のところ、キャリアとは一生「普請中」なのだと思います。何度も迷い、何度も選び直しながら歩いていくしかない。
最後に思い出すのは、福沢諭吉の言葉です。
「一身独立して一国独立す」。
自分の人生の運転席に座るのは、会社でも政府でもなく、自分自身なのです。
***


0 件のコメント:
コメントを投稿